4 月 16 2008
そもそも
前代表・松岡厚志が語る、
シネギミックの「そもそも」

|
「シネギミック」という名前の由来は? |
シネマの「シネ」と、からくりとか仕掛けといった意味の「ギミック」をつなげた言葉です。なので、ロゴマークのモチーフは「歯車」になっています。歯車が絡み合って、街を映画で仕掛けていく、そんな気持ちをチーム名として表現しています。
|
|
なぜ西宮に映画館をつくろうと? |
大学入学を機にこの街にやってきたのですが、ずっと「映画館がない」ということに違和感があったんです。僕が生まれ育った片田舎にも映画館は当たり前のようにあったことから、40万人以上もの人たちが住む西宮に映画館がひとつもないなんて不思議だなあと思っていました。しかも聞くところによれば、かつては15館も映画館があったそうじゃないですか、西宮には。だったら不思議に思っているだけじゃなく、自分で作ろうじゃないかと思い始めました。2002年10月のことです。
|
|
どうして「自分で作ろう」と? |
大学を卒業して、僕はライターになったんです。でも「書くだけ」の人にはなりたくなかった。言うだけで何もしない人にはなりたくなかったんです。自分が興味があることに真正面から取り組み、当事者になることでリアリティを付加していく。そういうスタイルを目指していた中で、当時最もホットなテーマが「西宮に映画館がない」ということだったんです。大学1年の頃、母校の文化祭で開催された野外上映会の思い出も、強烈に頭にこびりついていましたから。
|
|
それでシネギミックを結成したと。 |
| もともと個人サイトのコンテンツとして「西宮に映画館ないよね」「映画館ほしいよね」ということを訴えていただけなんです。市役所に足を運んだり映画関係者に話を聞いたりと活動しつつも「映画館をつくる」ためには何ひとつ具体的ではありませんでした。なので、チームを結成することすら想定外だったんです。ところが活動趣旨に賛同する人がひとりふたりと集まり始め、だったら上映会でもしようかということになりまして。
建設的な映画館日記 (2002/10~2003/09) |
|
チーム化されたのはいつのことですか? |
仲間が集まり始めたのは2003年に入ってからです。その後、第1回の上映会を開催するにあたり正式に組織化しようということで、会則と趣意書をまとめ、口座を開設しました。もちろん「シネギミック」という名前もこの頃から使い始めました。2003年6月のことです。
|
|
今はどんなメンバーが集まっていますか? |
| 当初はほとんどが女性だったのですが、今は男女比が等しくなってきています。現在、20名(2004年12月現在)。年齢層は20~30代で、平均年齢は26歳。ちょうど代表である僕と同じ年齢となっています。意外に西宮市民ばかりというわけではなくて、むしろ「自分たちで映画館をつくる」という点に賛同する仲間が集まっていますので、神戸や尼崎、伊丹に芦屋に堺に札幌と居住地は多岐に渡っています。普段の顔も様々で、会社員、公務員、NPO職員、デザイナー、コンサルタント、学生などで構成されています。見事なまでに映画関係者はゼロです。
|
|
普段はどんな活動を行なっていますか? |
| 西宮に映画館をつくる、という前提に立った上で、市内における映画上映会を開催しています。ハコを作ることから始めるのではなく、まずは映画を「体験」できる場を創出し、映画鑑賞を習慣づけてもらうことで「やっぱり映画館ほしいよね」という気運を盛り上げるのが狙いです。ハードよりもソフト。愛されて、結果論として生まれる映画館を切望しています。また上映会を主催するに限らず、地域の上映会に技術協力をしたり、巻物を使った署名活動などをしています。関わった場所に「シネギミックの歯車」をひとつずつ落としていくイメージで、すべての活動を「映画館をつくる」に直結させています。
|
|
どんな上映会を開催していますか? |
本来ならば「この映画を観て欲しい」という気持ちが高ぶって上映会を開催するのが常かもしれませんが、シネギミックはまず場所を決めます。「どこで映画を観たいか」を決め、そこに相応しい映画をセレクトするのです。「場所×映画」という方程式をもって、映画鑑賞の可能性を実験的に探っています。これまで浜辺や商店街、かつてホテルだった場所などで上映会を開催してきました。
|
|
どんな映画館をつくろうと考えていますか? |
| 映画の素人だからこそできる、ワガママが詰まった手作りサイズの映画館を想定しています。映画館というよりむしろ「秘密基地」という方がしっくりくるかもしれません。近い将来、西宮にシネコンが誕生するのはほぼ間違いないですが、あの便利さと快適さには敵いません(僕も大いに利用すると思います)。ただ、それだけじゃつまらないよね、という選択肢の先にシネギミックの映画館があればいいなと考えています。人情や味といった「目に見えない部分」を付加価値として提供できる場、端的に言えば「自分たちが行きたい空間」をつくろうと考えています。
|
|
どんな映画を上映していきたいと考えていますか? |
名画です。新しい・古いにとらわれず、時を経てなお愛される本当に面白い作品をセレクトしていきます。なぜそれを、どういう理由でセレクトしたのかを明確にしていくことで、シネギミックが解釈する「面白さ」を体感してもらえれば幸いです。「新しい」だけがモノの価値ではありません。
|
|
今後の展望などはありますか? |
| シネギミックは、たまたま映画館のない街・西宮を舞台に活動していますが「街に映画館が必要である」という問題は何も西宮に限った話ではないと思います。西宮という街、シネギミックという団体をひとつのモデルケースとして、それぞれの街で参考にしてもらえれば嬉しいです。受け継がれたシネギミックの歯車が、各地で回り始めることを願っています。
|
|
こぼれ話 |
|
そもそも、なぜ「映画館」なの? |
| 映画は第七芸術と呼ばれ、文化の最高峰とされています。と同時に屈指の娯楽でもあります。お腹が空いたらご飯を食べるように「脳が空いたら映画を観る」というのが健全だとは言いすぎでしょうか。多種多様な文化に触れることができ、時代や空間をトリップすることができる映画。それを「ライブ」で体験できる場所は映画館しかありません。スクリーンで観る驚き、感情を揺さぶってくれる心地よさ、そして大勢の人と一緒に共有する一体感。これらを同時に満たしてくれる場所、それが映画館であり、街には必須と考えています。 |
|
阪神・淡路大震災との関係は? |
| 阪神・淡路大震災が起こったのは、僕が高校1年生の頃でした。そのとき僕はまだ、西宮には住んでいません。なので、シネギミックの活動が震災を契機とし、西宮の復興が目的であるというのは誤解です。それでは震災を 経験された方々に失礼にあたるとすら考えています。おこがましい。西宮という街を俯瞰したときシネギミックの活動は「失われた映画館」を取り戻す形として映りますが、直接的な関連性はないものと判断していただければ幸いです。 |
|
実は宝塚市民? |
| 大学入学を機に西宮に移住してきたつもりが、実は住所が「宝塚市」だったというのは、後で気付いた笑い話。それも、西宮と宝塚を隔てる川のすぐそばに住んでいました。気持ちは西宮でも、届出の上では宝塚市民。だから当初、西宮市民でもないのに西宮の街をどうこう言うのはこそばゆい感じがありました。しかし2004年5月、晴れて西宮市民の仲間入りを果たしました。 活動開始から1年半後のことです。 |













